2012年4月28日土曜日

GIANT P-SL1 700x23Cの継ぎ目

場所: 日本, 宮城県
相方のロードバイクTCRSL3を見ていたときに、あることに気が付いた。標準装備のGIANT P-SL1 700x23Cというタイヤのゴムの継ぎ目がセンターじゃないこと。


ちまみに、わたしのロードバイクに標準装備されていたMICHELIN DYNAMIC SPORTS 700x23C、現在装着しているMichelin PRO4 Service Courseの継ぎ目を確かめてみたらセンターだった。

継ぎ目がセンターじゃないのは、製造ミスではなくこのような設計なんだろうと思うけど、どういう意図があっての設計なのかはわからない。

2012年4月17日火曜日

ジョギングで体を痛める

場所: 日本, 宮城県
この土日は、自転車に乗らなかった。疲れがたまっていたので寝腐っていた。


まったく体を動かさないのも不健康だなと思い、お遊び程度の筋トレをしてからジョギングをした。1km5分半のペースなので、自分的には遅くもないんだけど、何だかいつもより体が重く感じる。まるで水の中を進んでいるよう。結局3kmしか走らなかった。

半日後には筋肉痛になり、今朝からはむち打ち症にでもなったかのように痛い。首筋や肩痛みを感じて頭上を見上げることができない。自動車事故でむち打ち症という話を聞いたことはあるけど、軽い運動をしてむち打ち症という話は聞いたことがない。

若くもないので、普段使わない筋肉を使うときは気をつけよう、そうしよう。

2012年4月8日日曜日

大崎八幡宮

場所: 日本, 〒980-0871 宮城県仙台市青葉区八幡4丁目6−1 大崎八幡宮
昨日のサイクリングで筋肉痛になってるかと思ったら大丈夫だった。今日のサイクリングは、スタート地点を陸前落合あたりにすることにした。わたしと自転車を相方に運んでもらうためのネタとして、「おいしいラーメン屋があるから行ってみない?」と。

伊藤食堂というラーメン屋に到着。会津ラーメンが食べられるお店らしい。ラーメンとミニソースかつ丼を食べた。

当初はここからスタートする予定だったけど、お腹いっぱいで動けそうもないので、食休みとして時間を潰すことにした。国道48号線を仙台方面に向かい、大崎八幡宮に立ち寄った。国宝というわりには規模の小さい神社だなと。



案内板には、歴史について書かれてある。難しい言葉が並んでいてちんぷんかんぷんだったけど、簡単に書くと以下の通りだと思う。

坂上田村麻呂が胆沢城(岩手県水沢市)に神社を移した際に鎮守府八幡宮と称したことに始まる。室町時代、奥州を牛耳っていた大崎氏が大崎市に移したため、大崎八幡宮と呼ばれるようになった。江戸時代初頭に伊達政宗が現在地に造営した。

境内で渇水した用水路を見つけた。渇水する時期でもなさそうなにどうしたことかなと思っていたら、旧四ッ谷用水と書かれた看板を発見。北上川改修で有名な川村孫兵衛重吉が中心となって作った用水路で明治維新後に廃れていったらしい。なるほど、用水路跡ということか。


見聞を広めたところで、サイクリングをスタートした。市内を散策していたら、体力持て余し気味になり、青葉山に登ってみることに決めた。どこまで登れるかと心配だったけど、4kmの登り坂(標高40~200m)を休憩なしで登り切ることができた。充実感でいっぱいになった。


国際センター近くの大橋から広瀬川を眺めたら遊歩道が見えたので、広瀬川の景色でも眺めながら走ることにした。銭型不動尊あたりの入口から侵入しようとしたら障害物がある。自転車は入るなと言わんばかりの形状。自転車は進入禁止なのだろうか。


その後もブラブラしながら家路についた。55km、3時間、18km/h。

2012年4月7日土曜日

支倉常長ゆかりの地

場所: 日本, 宮城県黒川郡大郷町中村馬場沢51
今日は、県道9号線あたりをサイクリング。ゆるやかな上り坂と下り坂が連続するような道路だったので筋肉が疲れた・・・筋肉痛になるかも。30km、1時間半、20km/h。

途中、道の駅おおさとに立ち寄った。ここ大郷町は支倉常長ゆかりの地らしい。帰宅してから支倉常長のことを調べてみた。


支倉常長は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将。1613年(江戸)、伊達政宗の命を受け遣欧使節としてヨーロッパに渡航した人。伊達政宗が建造したサン・ファン・バウティスタ号で渡航した。復元された船が石巻にあるけど、震災の際に一部が壊れたみたいだ。

しかし、使節団の実態や常長のその後についてはあまり知られていない。出国後にキリスト教環境が悪化したこともあり、常長の存在そのものが江戸時代の歴史から消えてしまう。

1871年(明治4年)、不平等条約の改正を目的として岩倉具視使節団がヨーロッパに渡航した。使節団が支倉の署名が入った文書を発見したことから、時を経て再び偉業が世に出た。

今日は歴史の勉強になった。

2012年4月1日日曜日

昼食にありつけなかったポタリング

場所: 日本, 宮城県
相方と一緒にポタリングをした。車に自転車を積んでデポ地の仙台港まで移動。到着したのはお昼。この辺で食べてから出発するつもりだった。しかし、雲行きが悪いので、昼食を取っている間に雨が降ってしまうかもしれない。とりあえず出発して、どこかでお店を探して食べること決めた。

この辺は、仙台亘理自転車道がある。岩切が起点で七北田川を下ったら、貞山運河を南下して終点の亘理までというコース。震災の被害により、終点側つまり貞山運河周辺は壊滅的な被害を受けているはず。起点となる岩切に向かって走ることにした。

思い起こせば、震災の3~4ヶ月前に貞山運河周辺を走った。ちょうど改修工事をやっていて、完成が待ち遠しいなと思っていた矢先の震災だったな。

やはり、自転車道は走りやすい。自動車がいないから安全だし、信号がないからイライラしない。いちおう、利府街道の岩切大橋が起点になるようだけど、その先1kmくらいサイクリングロードが続いていた。

旭ヶ丘の仙台市科学館まで来たものの、よさそうなお店が見つからない。というのも、食べている間に自転車が盗まれたら困る。盗まれなさそうなお店を探していると選択肢が減るといった具合。半ば遅めの昼食はあきらめ、引き返すことにした。


同じ道を引き返すのはつまらないからと、八乙女を経由してから七北田川沿いに走った。結局のところ昼食抜きとなり、晩飯を多めに食べた。30km、2時間、15km/h。